文章の新たな楽しみ方と可能性。

 
ご来訪に感謝。
ところで、こんなことを思う時がないだろうか?
 
  • ありきたりなエッセイに飽きてきた。
  • 文章を読みたいのではない、感じたいのだ。
  • 苦虫を食べてみたい。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメのエッセイがある。

それは『町田康』さんの…

 

 

ばーん!

 

 

テースト・オブ・苦虫(1)とあらすじ。

 会話が通じない。ひょっとしたらおかしいのは自分?「コミュニケーション・ブレイクダウン」「陽気な僕ら浮気なあんたら。ハッピーなデイズ」「反省の色って何色ですか?」ほか、日常で噛みしめる人生の味は、苦虫の味。文筆の荒法師、町田康の叫びを聞け。(「BOOK」データベースより)

 

 

どんな話?

星の数ほどあるエッセイ集。どれもこれも面白いような匂いがふんぷんと漂ってくるが、ん? なんだ、このエッジのきいた匂いは…

 

うわあ!な、なにこれ。文章が襲い掛かってくるような迫力で、言葉たちが饒舌に舞っているではないか。

 

ああ、もう駄目だ。僕はただ身を委ねるしかない。苦虫に囲まれながら。

 

 

ここがおもしろい。

 
  • エッセイ?
  • 戸惑いが心地よくなる。
  • 出版拒否事件。

 

エッセイ?

 

 

 

なんだ、これは。それが僕の第一印象だった。合コンであればすぐに帰っていたかもしれないが、これはエッセイであり、町田さんの作品。文章に色濃く滲む味に魅了され、用事があっても帰るに帰れない。

 
けれど、もう一度思う。なんだ、これは。エッセイ...であっているよね?

 

 
エ、エッセイ…
 

 

戸惑いが心地よくなる。

 

 

転校初日でクラスメイトが全員金魚だったような戸惑いの中、僕は本作へとずかずか入っていく。大丈夫かな、と心配ではあったが、入ってみると、ああこの世界のなんと居心地のいいものか

 

筆者の個性は小説だろうとエッセイだろうと関係ないようだ。滲み出てあふれ出す筆者の存在は誰にも止めることが出来ない。まぁ、止める気はないのだが。もっともっとどこまででも行ってみてほしい。

 

 
ついていくよ。 

 

出版拒否事件。

 

 

こんな話がある。出版拒否事件の顛末という話。

 

なんだこの出版社は、という感想しか出ないが、そこには町田康の出版社に対する皮肉と世界観がバランスよく調理されており、より強い皮肉が誕生しているので、何だかよくわからないがおめでたい。

 
けれども、全てが事実ではないかも知れないという前提がある。空想の出来事と真実が交じり合い、僕はそこに何の負の感情も持たずに楽しむことができた。

 

 
エンジョイ。
 

 

まとめ。

 

筆者といえば、感情を流れるようにのせた文体である。カオスの権化。一説には宇宙誕生の瞬間に異物として吐き出された存在が彼なのでないか、という噂が僕の脳内で広がっている。

 

そんな人がどんなエッセイを書くのか、溢れる好奇心を剥き出しにしてページを捲ると、もうそこには町田康が溢れかえって、祭を開催していた。

 

どこまでが空想でどこまでが事実なのか。それとも全ては事実で、筆者の日常は小説のようにカオス入り乱れた小説のようなのか。整形疑惑に揺れる女優さんのように疑心暗鬼に陥る。

 

だが、僕は気づいた。そんなことは些細な問題でしかない。このエッセイは単純に町田康の世界を楽しむエッセイなのだ。嘘か誠か、そんなものナンセンス極まりない。

 

筆者が書いているものは、フィクションであろうとノンフィクションであろうと、全てまぎれもない本物なのだ。