誰も知らない村をおこす。

ご来訪に感謝。

ところで、こんなことを思う時がないだろうか?

 

  • 田舎暮らしに憧れる。
  • 広告会社に勤めたい。
  • 村おこしをしたい。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメの小説がある。

荻原 浩さんの『オロロ畑でつかまえて』だ。 

あらすじ

人口わずか三百人。主な産物はカンピョウ、ヘラチョンペ、オロロ豆。超過疎化にあえぐ日本の秘境・大牛郡牛穴村が、村の起死回生を賭けて立ち上がった!ところが手を組んだ相手は倒産寸前のプロダクション、ユニバーサル広告社。この最弱タッグによる、やぶれかぶれの村おこし大作戦『牛穴村 新発売キャンペーン』が、今始まる―。第十回小説すばる新人賞受賞、ユーモア小説の傑作。

オロロ畑でつかまえて

f:id:s-utage:20210311112407j:plain

牛穴村に依頼されたユニバーサル広告社。

波乱の村おこしが今はじまる。

 

ユーモアしちゃうよ。

ユーモラスに生きていたいと日々願っている。なのに、よく人から「綺麗なシュプールをえがいているね」と言われる。すべるをオブラートに包んだ人々の優しさが染みる。

 

ところでユーモアとは何だろうか。まあ、単純に面白ければユーモアなのだろうけれど、いざ狙うと難しいものだ。それは僕が立証済みである。

 

面白いの難しいところは、唐突に面白いことを言ってもダメだというところだ。その時の雰囲気や状況、声のトーンや前ぶりなど、いろんな要素が交じり合い面白いになる。綺麗なシュプールをえがく僕が言っても説得力は皆無だが、的外れなことは言っていないはずだ。

 

だからこそ、小説においてのユーモアは難易度が高い。一文が面白くても、その土台がつまらなければ綺麗なシュプールをえがいてしまう。そそそーと横道にそれて果てしない遭難の旅へまっしぐらだ。そんな旅はごめんである。

 

その点において本作のユーモアはしっかりとした土台にのり、震災がおきても揺るがないことだろう。

 

ユニバーサル広告社の社員たちの破綻した個性と仕事ぶり。なまりの強い牛穴村の住人。都会と田舎のコラボレーションによる食い違い。破天荒な村おこし。

 

それらにコミカルな主人公と文章が合わさり、ユーモア小説の金字塔が誕生した。

 

コンビニはないけれど情緒とかはあるよ。

僕の故郷は田舎だった。1時間あれば1週できるだろうし、24時間営業している店も皆無。狭い世界なので噂はすぐに広まるし、住人で知らない人はいないであろうと思われた。

 

都会へ移住してきた僕は、まず驚いた。コンビニや居酒屋など24時間開いている店がある。「え、不眠不休で働いているの?」とバカな疑問を抱いたものだ。それに歩けど歩けど1週できない。それどころか広すぎて迷う。歩いていても知人には、なかなか出会わない。こんなに人っていたんだ、と不思議に思ったものだ。

 

驚いている僕に都会人たちは冷笑を浮かべる。何がそんなにおかしいのだ。憤懣やるかたなかったものだが、今ならわかる。都会に来た田舎者は見ていて面白いのだ。

 

日本の秘境・大牛郡牛穴村。そこは僕の田舎をはるかに超えるど田舎中のど田舎。他の追随を許さず、ど田舎のエリートコースを驀進している。

 

そんなど田舎と都会がコラボレーションした時、僕はデジャビュを見ているような錯覚にとらわれた。ああ、他人事とは思えない面はゆいこの感じ。心のどこかがむず痒くなってしまう。

 

田舎者に冷たくするのはやめてあげて!と何度も声を張り上げそうになるが、その反面なんて面白いのだ、と途中からは笑いながらやめてと叫んでいた。もはや、本当はやめてほしくないパターンのやつだ。

 

そんな牛穴村が出会ったのは、倒産寸前のダメプロダクションだった。

 

どこがユニバーサルなのか。

プロダクション、ユニバーサル、広告会社。なんとなく都会的な響きがするワードばかりである。これらが合わさったユニバーサル広告社。さぞや立派な会社で、社員たちの仕事ぶりもスマートなのだろう、と思いきや期待は出オチ的に裏切られる。

 

目の前に金があればどんな仕事にでも飛びつく社長。

独創的なバンドマン。

口は上手いが、ダメ人間。

 

今までいろんな仕事をしてきたが、こんな会社はお目にかかったことがない。運が良かったのか、それとも悪かったのか。

 

彼らは決して善人ではない。だが、面白い。そんなユニバーサル広告社と牛穴村が組み合わされば波乱の村おこしになることは、火を見るより明らかである。

 

村おこし奇想天外。

とんでもない会社と関わってしまった。僕が牛穴村の住人であればそう思わざるごと山のごとし。奇想天外な発想はなぜか牛穴村の住人達を動かす。もはや詐欺である。

 

だが、やぶれかぶれの村おこしは人の心を動かした。住人達もユニバーサル広告社も、それどころか日本中の人々までも。

 

僕が小説を読むのは、心を動かされたいからである。楽しくもなりたいし、嬉しくもなりたい。けれど、悲しみや怒りも感じたい。

 

本作に詰まっているのはユーモアだけではない。そこには村おこしに関わった人たちの心の変化や動きがある。筆者はそれを決して忘れていない。僕たち読み手に本当の面白さとは何かを届けてくれたのだ。

 

村おこしの末路を言及するのは憚られるが、牛穴村っぽくてほっこりした。

特産品のオロロ豆が流行ることを祈る。