支配された最悪な仮想未来。

ご来訪に感謝。

ところで、こんなことを思う時がないだろうか?

 

  • 1984年に思い入れがある。
  • みんなと同じ意見が嫌い。
  • 誰でもいいから支配してほしい。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメの小説がある。

ジョージ・オーウェルさんの『一九八四年』だ。

あらすじ

 

“ビッグ・ブラザー”率いる党が支配する全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄が仕事だった。彼は、完璧な屈従を強いる体制に以前より不満を抱いていた。ある時、奔放な美女ジュリアと恋に落ちたことを契機に、彼は伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるが…。

 一九八四年

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 「え、それおかしくない?」

 

他の大多数が賛同していることに1人だけ意義を唱えるには、魔王を倒すぐらいの勇気が必要である。

なぜならそこにはこんな逡巡があるからだ。

 

「自分がおかしいのかもしれない…」

 

そうだ、君はおかしい。

けれどそれをおかしいと言えない社会はもっとおかしい。

 

現代では多少なりとも「おかしいじゃないか」「それ違くない?」と言いやすい社会になってきたとは思うが、未だに「あの人ちょっとおかしくない」扱いをされる人は後をたたない。

 

たしかに支配されることは、余計なことを考えずに済むので楽なのかもしれない。

だが、それでいいのだろうか。

疑問を抱えたまま生きていくのは本当に生きていると言えるのか。

胸をはって「マイライフイズビューティフル」と言おうではないか。

 

本作の世界では、そんなこと口が裂けても言えないだろう。

それどころか怪しい素振りすらできない。

党員は常に監視され、少しでも妙な行動を察知されると粛清と言う名の治療が行われる。

 

ひどく窮屈な世界だけれど、誰もおかしいとは思わない。

わずか数名をのぞいては。

 

ウィンストンもその1人だった。

けれど、「おかしい」と言うのには、魔王を倒しにいくぐらいの勇気がいる。

どうしようもない。

 

例え僕がこの世界にいたとしても、その他大勢のようにビッグ・ブラザーを崇拝していたと思う。

そのほうが楽だし、何より「おかしい」と叫んでもあらがう術がない。

打つ手なしだ。

 

が、しかしだ。

 

ウィンストンは切符を手に入れる。

あらがうための切符だ。

 

でもその行き先は、愛情ある地獄だった。

 

恐ろしい仮想未来。

本作が刊行されたのは1949年。

つまり舞台設定の一九八四年は35年後の未来である。

これが現実になっていなくて本当よかったと思う。

 

その仮想未来の指導者、ビッグ・ブラザー。

作中には一切出てこないにも関わらず、その影響力は作中の隅から隅までを駆け巡っている。

 

彼の言うことは絶対で、もし違っていても全て改ざんされる。

そのために党員たちは証拠を消し去り、嘘の事実を本当に変える。

知らないおっさんの言うことは聞いちゃダメだと子供の頃に言われたのだが、あれは嘘だったのだろうか。

 

党員たちは彼を崇拝しているが、ウィンストンのように怪しい人物は世にも恐ろしいことになってしまう。

 

さらに恐ろしいのは、党員たちはほとんど全員が心の底からビッグ・ブラザーを崇拝してしまっているという事実だ。

僕の目から見てもおかしさは明瞭なのに、誰もそれを疑わない。

ビッグ・ブラザーと社会は、疑うことを殺した。

 

現代でもここまでガチガチな支配はないにしろ、こうだと思っていた事実が違っている可能性もあるとは思う。

それに気づいた時、僕は「おかしい」と言えるのだろうか。

 

そう言える自分でありたいとは思うけれど。

 

一生に一度の恋。

ウィンストンはこの社会に疑問を抱いていた。

が、その何倍もの恐怖を感じていた。

 

いつかこの感情が露見してしまうのではないか。

少しでもおかしな行動はしなかっただろうか。

監視はされていないだろうか。

 

そんな時に面識のない女が現れたら誰だって怪しむことだろう。

あ、あいつ絶対監視だよ、と思っても致し方がない。

ウィンストンの不安と恐怖はピークに達そうとした瞬間、彼は恋に落ちた。

 

ジュリアは奔放コンクールがあればそれなりの成績を叩きだせるぐらいの奔放だったけれど、こんな社会にそんなコンクールはまず存在しないので残念極まりない。

 

ひと時の限られた自由の中での逢瀬は淫らだった。

けれど素敵な恋でもあった。

違う時代に出会っていれば、永遠を感じられるぐらいに素敵で美しかった。

 

儚い恋だった。

 

ヒーロー不在。

マンガとかであれば、大抵こういう社会は正義のヒーローによって倒される。

悪いことをした罰は必ず下されるのだ。

ところが本作は小説。

一筋縄ではいかないところだ。

 

ウィンストンはこの社会に立ち向かおうとした。

その覚悟は夜空に瞬く星たちのように僕を照らす。なんて勇ましいのだ。

ウィンストンなら、きっとやってくれるかもしれない。

この社会を倒すまではいかないにしても、そのきっかけになるかもしれない。

 

だが、敵も甘くなかった。

完膚なきまでの強さはウィンストンを窮地に追いやる。

もうウィンストンのライフはゼロかもしれない。

なんてことだ。

 

世界を支配する巨人は強大だった。