若さゆえの熱量が胸を焦がす。

ご来訪に感謝。

ところで、こんなことを思う時がないだろうか?

 

  • ピアスは耳にあけるものではない、舌にあけるものなんだ。
  • 若いので刺青をいれてみたい。
  • 危険なことに興味津々だ。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメの小説がある。

 金原 ひとみさんの『蛇にピアス』だ。

あらすじ

「スプリットタンって知ってる?」そう言って、男は蛇のように二つに割れた舌を出した―。その男アマと同棲しながらサディストの彫り師シバとも関係をもつルイ。彼女は自らも舌にピアスを入れ、刺青を彫り、「身体改造」にはまっていく。痛みと快楽、暴力と死、激しい愛と絶望。今を生きる者たちの生の本質を鮮烈に描き、すばる文学賞と芥川賞を受賞した、金原ひとみの衝撃のデビュー作。(「BOOK」データベースより)

 蛇にピアス

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文章には種類があると思う。

 

勢いのある文章。

ゆったりとしたリズムの文章。

読みにくい文章。

破滅的な文章。

 

そのどれもが筆者特有の味を醸し出していて、煮込んだら旨いだろうなぁ、と文章鍋を密かに計画しているのだが、今回新たに加えるよい食材が見つかった。

 

本作で描かれているのは、若者たちのもがきにもがいた生。

僕は悲しいことにおっさんだが、その感覚はわかるつもりだ。

若作りに必死なおっさんには痛い程にわかる。

 

破滅にも近しい若者たちの生き様は、筆者の熱量ある文章で彩られる。

熱々でほとばしるような物語は、不穏な匂いがそこら中に漂っていて、換気が必須だ。

 

けれど本作ならきっと、文章鍋のよいアクセントになってくれるはずである。

 

若いので危険に触れてみたいと思います。

若いというのは危険を知らない。

どういう意味かわからなくても、辞書を引くこともなく突き進む。

そこに生きている実感と楽しいことが待っているのだろう。

そう信じ、曖昧なスリルに心を躍らせてしまう。

阿波踊りではない、テンション的にはブレイクダンスだ。

 

ピアスまみれのアマ。

こんな奴に出くわしたものならば、一目散に逃げることだろう。

きっといいことがない。

 

そしてサディストで彫り師のシバ。

自らも刺青を入れている。

こんな奴にでくわしたならば、その場で気絶する自信がある。

絶対にいいことない。

 

なのにルイはそれらに触れてしまった。

触りたくて仕方がない衝動に勝てなかったのだ。

 

 楽しきピアスの世界。

僕は刺青をやったことはないが、ピアスには多少はまった。

だからその楽しさは理解が出来る。

 

まず普通に18Gぐらいを耳にあけ、次に4Gまで拡張する。

おそらく割りばし1本ぐらいの大きさだろうか。

 

もちろん拡張は死ぬほど痛いし、耳も大きく腫れた。

なのにあの高揚感はなんだったのだろう。

不思議と楽しくなって、次はどうしようかと、無限の展望が開けてくるのだ。

 

それに近しいものにルイは捕まったのではないだろうか。

怖い気もするけれど、痛みは時として限りなく生を実感できる方法でもある。

そのワクワクとドキドキは、若い時でしか体験できないレッドゾーンなのかもしれない。

 

その後、よし、次は0Gまでいって、鼻と口にもあけてしまおうか、げへへ。

と考えていた僕だったが、同級生が拡張した00Gを見たら「それもう部族じゃん」と感じてやめた。

 

冷静な若者で良かったと思う。

 

「 大丈夫」って言う奴は大抵、大丈夫ではない。

アマとシバとルイ。

刺青とピアス、というワードだけでも不穏なのに、更に危険を煽る三角関係が出来上がってしまった。

この関係は危険だ。

何かよくないことが起きる気がする。

 

ルイにとってそれは、生きがいに似たものだったのかもしれないし、ただ何となくそういう形になってしまっただけかもしれない。

それほど意味をもたない関係だったのかもしれない。

 

けれど、ルイを見ていると必死にもがいているように見えて、深海に潜り込んだかのように息苦しくなった。


彼女の言う根拠のない「大丈夫」が、痛々しく僕の中に響いた。

 

今もまだ鳴りやまない。