猟奇的な殺人鬼と正体不明の狂気。

 
ご来訪に感謝。
ところで、こんなことを思う時がないだろうか?
 
  • カエルが好きでよく食べてる。
  • どん!と返されたい。
  • 猟奇的な事件が好きだ。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメの小説がある。

中山 七里さんの『連続殺人鬼カエル男』だ。

 

あらすじ

口にフックをかけられ、マンションの13階からぶら下げられた女性の全裸死体。傍らには子供が書いたような稚拙な犯行声明文。街を恐怖と混乱の渦に陥れる殺人鬼「カエル男」による最初の犯行だった。警察の捜査が進展しないなか、第二、第三と殺人事件が発生し、街中はパニックに…。無秩序に猟奇的な殺人を続けるカエル男の目的とは?正体とは?警察は犯人をとめることができるのか。

 

 連続殺人鬼カエル男

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それの正体が見えなくて、自分の価値観を三段跳びで凌駕してしまった時、僕は預かったクラスの給食費が入った袋を失くしてしまったかのように恐怖を抱く。

 

一体自分は何を怖がっているのか。それはどういうものなのか。パニックで脳内は河内音頭を踊りだす。

 

そいつに対抗するためには。

そいつに対抗するためにはどうすればいいのだ。何かしなければ。よし、あいつもやっているから、それをすればいいんだな。よしよし、これで大丈夫だ。うおおおお!

 

カエル男は正体不明の猟奇的な殺人鬼だ。

 

頭のネジが30本ほどぶっ飛んでいるんだと思う。その犯行の異常さは街全体を異様な恐怖と興奮状態に導く

 

ワクワクさんでも作ることができない沸騰した恐怖と興奮は、カエル男が無意識で作り出した暴力性を街の住人に与えてしまう

 

僕はカエルが嫌いだ。

僕はカエルが嫌いだ。なぜだか家の中で「え、ずっといたよ」という風情で佇んでいた時には子供が注射を必死で拒否するかのように泣き叫んだ。

 

そんな恐怖+殺人鬼という史上最悪の存在が生み出したのは、人々を狂気に駆り立てる集団心理。警察はカエル男の他に巨大な敵を作ってしまった。

 

みんなでやれば怖くない。

みんなでやれば怖くない。もうこれ、ことわざになってもいいのではないか、という名言があるが…いやいや、怖いよ!街中で発見してしまったカラスの死体ぐらい怖いよ!!

 

 
カエル男はとんでもない化物を産み落としていった。
  

 

音楽は人を翻弄する。

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素晴らしいものに出会うと身体中に電撃が走ったような感覚に陥る。ピカチュウに10万ボルトでもされたのか、と訝ってみるも抗えず、その素晴らしいものに心ごとはまり、気づけば抜け出せなくなってしまう。

いい出会いとはそういうものではないだろうか。

 

若手刑事・古手川 和也。

若手刑事・古手川 和也はピアノに魅了される。いや演奏者に魅了されたのかもしれない。古手川の反応を見る限り、きっと素敵な演奏だったのだろう。

 

癒しと開放、けれどどこか悲愴が漂っている。それは古手川と物語にとって大きな意味をもっていた

 

どんな出会いにも意味がある。

どんな出会いにも意味がある。この出会いは物語を糾弾し、翻弄していく。古手川はどんな気持ちだっただろうか。

 

この出会いに意味をつけるのならばまさしく悲愴。ピアノソナタ第8番 ハ短調 作品13『大ソナタ悲愴』

 

 
僕が古手川だったなら、もう警察やめようと思う。
 

 

終着駅をこえてどこまでも。

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ものごとには必ず終着駅がある。楽しいこともいつか終わりはくるし、悲しいこともいつか終わりを迎える。途中下車をすることもできるが、それでも終点は存在し、どこかの誰かを待ち受ける。

 

もし誰も来なければ廃線という悲しい定めも待ち受けている。

 

ミステリーにおいての終着駅。

ミステリーにおいての終着駅は必ずしもハッピーエンドではない。大抵人が死んでいるのだからそれは難しいだろう。

 

それでも僅かな余韻を残し、終着駅に思い馳せずにはいられないのが良いミステリー小説というものだ。例えそれがバッドエンドだとしても

 

カエル男の終着駅。

カエル男の終着駅はぞっとするような寒冷地だった。背筋が凍るようなおぞましさ。それは僕の心臓をも鷲掴みにして離さない。けれど僕はカエル男に対してこういう終わりを望んでいたのかもしれない。

 

いや、待てよ。ここは本当に終着駅なのだろうかお客さん終点だよ、と車掌さんも言いにこない。先があるのか...?

 

この列車はどこまで行くのだろう。

 

 
それはカエル男にしかわからない。