本と宴





盤上の上に広がる世界で咲いた才能。

 
ご来訪に感謝。
ところで、こんなことを思う時がないだろうか?
 

 

  • 将棋が今熱い。
  • 才能ってなんだろう。
  • ブラジル生まれの金髪美少女に目がない。

 

ちょうどよかった。

そんな人にオススメの小説がある。

橋本 長道さんの『サラの柔らかな香車』だ。

 

あらすじ

プロ棋士を目指して挫折した26歳の瀬尾は、自暴自棄に暮らす日々の中で、ブラジル生まれの美少女サラに出会う。コミュニケーションのとれないサラに瀬尾が将棋を教えこむと、彼女は徐々に強くなり、いつしか驚くべき才能が開花する…。謎の美少女サラ、女流棋界のスター・塔子、天才小学生としてもてはやされる七海。3人の女性が指す将棋を巡って、「才能とは何か?」と厳しく問う、青春長編。第24回小説すばる新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

サラの柔らかな香車

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生まれてこの方「すごい才能だね」と言われたことがない。言われたくて仕方がないのだが、何の才能があるのかわからない。これかな? と、手探りの疑心暗鬼で才能の開花を目指すも、蕾にすらなったことがない。土の下に埋まるほど悔しい。根でも生やそうかしらん。

 

将棋の化身。

サラは将棋の化身。そうかそうか、こいつが才能だったか、と納得のプレイスタイルは、単純な強さではなく純粋な楽しさを求めているかのように盤上を飛び回る。その様は、まるで神様。私がこの盤上の世界を創造するのだ、という気迫を感じる。

 

ミルフィーユみたいに。

そんなサラの才能も最初から開花していたわけではない。努力をミルフィーユみたいに重ねた結果である。

 

しかし、その重ねられた層をサラ自身が努力と思っていたのかは些か疑問に残る。そこに死に物狂いの葛藤や苦悩はみえない。サラはただ楽しそうに、そして真剣に将棋に取り組んでいただけである。

 

ひょっとすると本当の才能とは、努力を努力だと思わないことなのかもしれない。

 

 
それが一番、難しいのだけれど。
 

 

将棋が分からなくても。

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将棋をさしたことがない。漠然とどこに動くか知っている駒もあるが、トリッキーな動きをする桂馬の気持ちがわからない。何の果てに、そんな動きを編み出したのか。受け付けない芸人のネタぐらいわからない。

 

知識が赤ちゃん。

将棋の知識が赤ちゃんの僕が、将棋を題材にした小説を読む。チャレンジ精神旺盛な僕は、果敢にも挑んでみたのだが、やはり一抹の不安は残る。

 

ひょっとした将棋が分からなければ楽しめないのでは…? この小説は今読むべきではなく、僕が将棋の才能を開花させてから読むべきなのではないのか。桂馬の気持ちを理解してから読むべきなのではないのか。

 

いやいや、そんな時は太陽が朽ち果てようとも来ないな、と踏ん切りをつけ、結局読み始めてみる。

 

将棋を通して描かれる物語。

…たしかに将棋の知識が必要な場面もある。が、そんなのはスピリチュアルアタック壱の型『無視』だ。大事なのはそこではない。僕は将棋を覚えたいのではない。将棋を通して描かれる物語が読みたいのだ。


読了後でも、やはり将棋のルールを詳しくは理解できていない。ただ将棋が大好きな人たちの気持ちは痛いほどに伝わってきた。本作には、ほとばしる熱量が渦巻いている。

 

 
 危うく燃え尽きるところだった。
 

 

女性は強い。

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女性の強さには目を見はるものがある。いざと言う時、男性は意外な弱さを見せるものだが、そんな時、女性は進撃の巨人のように毅然とした姿で佇んでいたりする。そんな女性たちに対し、僕は憲兵団になり心臓は捧げたいが、駆逐したくはないと思う。

 

強さは盤上の上で。

そして、その進撃の巨人のような強さは盤上の上でもあらわになる。

 

将棋人口がどれほどいるのかは知らないが、女性棋士というのは男性棋士に比べて多くはないだろう。その中で戦い抜くというのは、相当の意思と真っすぐな強さが必要不可欠だ。

 

将棋も、心も。

そんな世界で戦い抜く3人の女性棋士。彼女たちは、それぞれ性格も違うし、考え方も、生き方も異なる。けれど将棋に向き合い続けた3人は、人生のどこかで少しずつ影響しあい、将棋を通して強くなっていく。将棋も、心も。

 

彼女たちの未来が『金』のようにキラキラと輝くことを願う。

 

 
歩、風情の僕のささやかな願いだ。